共存以外






「貴様は童貞か?」








幼女に馬乗りにされた状態で何でこんな質問を受けてるのか







畜生、高慢そうな、それでいて気高く気品と恐怖を兼ね備えたお綺麗な陶磁器の人形の様な顔がニヤリと薄気味悪く笑うと首元に顔を埋めてきた。
死臭が淀む廃屋の片隅で、押し付けられた年期入りのソファの埃を吸い込みながら、その随分と倒錯的な情景に目眩がした。




はっきり言って、俺は幼女に犯されるのが趣味だなんて頭の螺子が数本緩んだ挙げ句痴呆真っ逆さまな爺趣味は無ぇ。












「貴様の血は」


「ああん?」
「ここで私が血を吸ったら、貴様はどうなのか考えていたのだよ」

首元のタイを剥ぎ取られ、釦も無視し力任せに広げられた
それが白く儚げな手の成せる技だとは、この幼女の外見から思いつく者は到底居ないであろう。

「お前判ってるんだろ」
「貴様が童貞な事か」
「ちげえよ」
「どうだか」
「そうじゃねえだろ、なんでお前相棒の首かっさばこうとしてんだよ」
「生温い輸血パックと栄養の行き届いてない筋張った兵隊の血なんぞ飽きた。」
「そんなに盛ってるなら、他を当たれ、糞餓鬼」




「此れが盛っていると?純然たる食欲だ、渇望なのだよ。貴様は語彙が無さ過ぎる。人間は性欲と食欲の違いすら理解出来ないのか」

「糞餓鬼、黙りやがれ、死体とファックしてろミディアンが。」


ああ、この気色の悪い笑みを浮かべた糞餓鬼、しかも今は悪趣味にも女の姿だ。しかも俺よりチビの餓鬼。
こいつの口を黙らせる方法があるなら誰か教えてやってくれ。生まれてこの方一度だって神様なんて信じた事無いけど、Amen





「再度聞く」


「…なんだよ」


「貴様は童貞か?」

酷く純粋な顔で、いや、酷く真剣な顔で、幼女が問いかけた。

「…ちげぇつってんだろ…」




嗚呼、それは失礼した。と


「多分、お前が思ってるのと意味合いが違ぇ」
「ほぉ、貴様と会話が出来るとは私も思っておらなんだ」

そのツラでやたらじじいみたいな物言いをするのがこいつの特徴。
気色悪いその子供はにぃと口端を釣り上げて





「私は、今、新鮮な血で食欲を満たせるか否か、の話をしている。」


合点が行った。
「お前が聞きたいのは、俺が純潔であるか否か?だろ」



血反吐を吐いて捨てたくなった。



「ハハハ…アーッハッハ!」



何が純潔だ。気色悪い言葉に身震いしながら








「答えはNoだ。」



その時アーカードが目を細めたの俺はその時見なかった。
「グールにすればいいじゃねえか、吸えよ。そんなに吸いたきゃな」


「…ほぅ」

「俺はな、汚れてるよ、既に。」

嗚呼、なんて自嘲的な台詞を吐いて、気分が悪い。

「まだ両手の指を全部折って数えて折り返さなくて良い歳の時だ」

なんでだか知らないがアーカードの前だとすらすらと言葉が後を着いた。

「よくあるこった、俺はこんなに見目麗しいからな。幼少期だってそりゃあ利発そうで可愛い坊ちゃんだった訳だ。」

嗚呼、なんでだ、なんで

「上流階級のお偉方の崇高なご趣味って奴さ」

なんでこいつにぶちまけてんだろ俺。








「糞、変態野郎共に犯された。」






「豚みたいに犯された。何回も、何回も。」







過ぎた事だ









「俺だけじゃなかった、そういう餓鬼が何人も居たんだそういう所だった。」



それは悪夢の光景だった、俺は今でも言える。俺が今まで殺って来た死体の山よりもっと悲惨な光景だった。

「よくある話だな」

「そうだよ、よくある話だ。別に大した事じゃあ無い」


「つっこまれて、輪姦されて、中性脂肪に犯されながら棺桶に片足突っ込んだ老いぼれに視姦された」

「サディスティックをはき違えた奴等は俺をナイフで斬りつけたりボコボコに腹を蹴飛ばしてケツから出て来る奴らの体液に大笑いしてた。」

「果てにはスナッフビデオでシコってる様な連中までいやがった」

「ある日スナッフの真似事すら飽きた奴が言ったんだ、俺を使って本当にスナッフビデオを作ったらどうだって」



「…」
奴は捲し立てる様に暴露する俺にあっけとられたのかこっちを唯見ていた、赤い双眸で


「奴ら俺と体重もそう変わらない豚を一匹連れて来てさ、流石英国紳士様だ準備は万全、俺にナイフとロープワイヤーを渡して来た。」




「豚を切り刻んでハムにしろってさ ハッ!」



この時ばかりはジーザス、エーメン、あらゆる十字の印を切りたくなっただろう。俺はその時豚畜生以下だった。


「俺は思ったね、イギリス人は頭の螺子が緩みやすいかどうかしてるって」





「イングランド人以外のヒューマンとてそれは同じだよ、頭の螺子が元より捻込める場所すら持ってない者までいる」

そうか、それはそれは良いお説法で。

「嗚呼、神様、その時ばかりは俺も祈った。」



「奴らは後で知ったけどカトリックだったからきっと俺はプロテスタントに祈った。嗚呼、神様、奴らに粛正を。僕をお救い下さい。って」





「僕をお救い下さい。ってね」






「俺はそのナイフとワイヤーロープで奴らじゃなくてその中性脂肪共を薄切りロースハムにしてやった」




「ああ、スナッフしてやったよ、あいつら全部、ギッタギッタのスプラッタにしてやった、ハンニバルも真っ青さ!一面血の海だ、ハムみたいにワイヤーで締め上がった身体をつるさげてやった」


畜生。





「ハッ!それで俺は晴れて自由の身だ!」




「後で知ったが、そいつらの中に上流階級に紛れ込んでいた吸血鬼が居たらしい。豚と俺は人としての最後の晩餐の生け贄だったって訳さ。」

「死神が生け贄だと!笑っちまうぜ全く!」

「血塗れでフラフラ屋敷の中歩いてた俺を最初ヘルシング部隊はグールだと思ったらしいは!違いねえ!
それで俺はこのヘルシング家の先代執事拾われて、アーサー様に拾われて、 今はこうやってゴミ以下の糞フリークス共を狩ってさえ居れば飢えもなければ乾きも無い、
寝る宿もあれば優しい当主様にこうやって俺の過去を根掘り葉掘り聞いて来る優しい相棒ときたもんだ」



めでたしめでたし。



ああ本当にめでたい。




「俺の糞みたいな昔の生活に比べたら今のままで十分幸せだし、お前の隷属になるつもりも無ければ資格もねーんだよ、アーカード。」




そうだ、まっぴらごめんだ、隷属だなんて。

「お前みたいな化け物とは一緒に生きれないんだよ、アーカード。」




「俺の主人は絶対一人。アーサー・ヘルシング卿、ヘルシングを統べるお人ただのお一人だ。」




そう、あの方を裏切る訳にはいかない。


「お前だって、そうだろう。」


近寄って来たアーカードの胸ぐらの白いマフラーをを掴むと鼻の骨がぶつかってカチ割るんじゃないかって勢いで顔を寄せた
目に入って来たのは白雪姫の様な白い肌に黒い睫毛、綺麗な深紅の瞳。一遍の曇りも無い血液の色。





「お前はヘルシング家の物だ。ヘルシングの物だ。」




なあ、お前は100年、200年生きるのだろう、アーサー様の次の、次の次の代まで、ヘルシング家の礎を守るため。

「お前とは、ずっと共には居られないんだよ。俺は」




そうだ、願ったとしても無理な話なのだ。









「ミディアンとかなんとかお高くとまった所で所詮化け物、俺を不老不死の化け物にするつもりか」



「生身でその化け物の相棒を務める貴様に化け物呼ばわりはされたく無い物だな。」






ため息を一つ着くとこちらをしかと目を合わせると馬乗りになったまま首に手をかけられる。



「貴様には選択権など存在してはおらぬ。最初からだ」


「はあ?」

何度言えばわかるのだろうか、まだ食うつもりか、と首に手をかけている手に力を込めて突き放そうとすると、それは岩の様に重く、びくともしなかった。


「貴様はそれでも共存を望んだのだ、ヘルシングとの」


「っ」

喉が詰まって低く呻く、あいつはそう、いつもそうする時の様にこれから自身の血肉になるであろう塊を見つめる様にただこちらを見つめた。
「共存しなければならない、貴様の自由意志はそこには存在せず、私の主たる、貴様の主たるヘルシングがそこに在る限り。」


「こっのっ…くそが…っ」

「小僧、お前はヘルシングがある限り存在しなくてはならない、それは私と共に存在するも同じ、そこには貴様の自由意志は無い。」


「貴様は隷属しなくとも、私と共存しなければならない、それは私の意志でもある。なあ人間。」



すうと目を細める、それは酷く愛しげに最後の獲物に食らいつく瞬間に似ていた。
「…っ…自由意志はないのか…」




「お前が一番よく分かっているだろう」




「…アーカード…」




「それは我が主の意志であり私の意志でもある。」







「自由意志等許されない。私は後、何百年と生きるが貴様は精々後、半世紀は私と共存するのだよ、死神」




なんでだよ、今まで、どうでも良い事だと思ってたのに、



堰を切った嗚咽が止まらなかった。








べろりと舌が頬から伝うと侵入して来た、とまらない血脈を辿って瞑っていた目をこじ開けられた。





目がかち合うと奴が大真面目に言った。


「血より塩分が多い、喉が渇く、鉄分を増やせウォルター」





「ベイビーにはワインよりミルクの方がいいだろう。」





それに、これなら零したってお前の服の上なら判らない。